大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2432号 判決

控訴人 富久栄興業株式会社

右代表者代表取締役 吉川光一

〈ほか六名〉

右七名訴訟代理人弁護士 小池金市

菅野谷純正

林哲郎

被控訴人 大東信販株式会社

右代表者代表取締役 栗田利一

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 三輪長生

主文

一  原判決中控訴人富久栄興業株式会社及び控訴人江口正市に関する部分を左のとおり変更する。

(1)  控訴人富久栄興業株式会社は被控訴人らから金一、四九六万一、四三〇円の支払いを受けるのと引換えに被控訴人らに対し原判決末尾添付目録第二記載の建物のうち別紙別表の同控訴会社名下に記載された部分(別紙図面表示の一階赤線で囲まれた通路一五一・六一平方メートル及び二階赤線で囲まれた店舗二四四・三二平方メートル)を引き渡して同別表の該控訴会社名下に記載された土地部分を明け渡し、また、被控訴人らから金三七万四、四八〇円の支払いを受けるのと引換えに被控訴人らに対し同控訴会社が控訴人江口正市に対して有する右建物のうち後記(2)項記載の部分についての返還請求権を譲渡する旨の意思表示をするとともに控訴人江口正市に対して爾後被控訴人らのために同建物部分を占有すべき旨を通知し、かつ、被控訴人らに対し金一万九二八円及び昭和四七年一二月二二日から前記両建物部分の引渡し(占有移転を含む。)済みに至るまで月金一、七一〇円の割合いによる金員を支払うこと。

(2)  控訴人江口正市は控訴人富久栄興業株式会社が被控訴人らから金三七万四、四八〇円の支払いを受けるのと引換えに被控訴人らに対し前項記載の建物のうち同項記載の別表の同控訴人名下に記載された部分(一階店舗番号一二号の店舗九・九一平方メートル)から退去して同別表の該控訴人名下に記載された土地部分を明け渡すこと。

(3)  被控訴人らの控訴人富久栄興業株式会社及び控訴人江口正市に対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人株式会社秋元建設、控訴人秋元清八、控訴人長尾重則、控訴人粟谷初子及び控訴人秋元道弘の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じ、控訴人富久栄興業株式会社及び控訴人江口正市と被控訴人らとの間に生じた部分はこれを三分し、その二を同控訴人らの、その余を被控訴人らの負担とし、その余の控訴人らと被控訴人らとの間に生じた部分は同控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を次のとおり変更する。(一)控訴人富久栄興業株式会社は被控訴人らから各自金一、四九六万一、四三〇円の支払いを受けるのと引換えに被控訴人らに対し原判決末尾添付目録第二記載の建物のうち別紙別表の同控訴会社の名下に記載された部分(別紙図面表示の一階赤線で囲まれた通路一五一・六一平方メートル及び二階赤線で囲まれた店舗二四四・三二平方メートル)を明け渡し、また、被控訴人らから金三七万四、四八〇円の支払いを受けるのと引換えに被控訴人らに対し同控訴会社が控訴人江口正市に対して有する右別表の控訴人江口正市名下に記載された部分(一階店舗番号一二号の店舗九・九一平方メートル)についての返還請求権を譲渡する旨の意思表示をするとともに控訴人江口に対して爾後被控訴人らのために同建物部分を占有すべき旨を通知すること。(二)被控訴人らの控訴人富久栄興業株式会社を除くその余の控訴人らに対する請求は棄却する。(三)訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出、認否は、左のとおり附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

なお、原判決末尾添付別表並びに図面を別紙のとおり訂正する。

(控訴人らの陳述)

(一)  原判決は、控訴人富久栄興業株式会社の本件建物の買取請求権を否定して、同控訴人らの抗弁を排斥した。しかし、借地法四条二項が規定する建物等の買取請求権は、原判決のいうごとく、借地権者が同法所定の法定更新の保護を受け得る場合にのみ認められるべきものではなく、また、民法三九五条の短期賃貸借における買取請求権の行使が常に必らず抵当権者に損害を及ぼすものともいえない。むしろ、買取請求権の制度は借地権者にその投下資本を回収させることを主たる目的とするものであって、かかる制度の狙いは、通常の賃貸借であると短期賃貸借であるとを問わず、ひとしく妥当するものである。しかも、買取請求権が法律の規定に基づくものである以上、その行使によって抵当権者が損害を被ることがあるとしても、そのことから短期賃貸借の設定を目して当事者の詐害的行為と論難することは許されず、他に本件土地の担保価値を不当に下落させる特段の事情は存在しない。それ故、民法三九五条の短時賃貸借にも借地法四条二項の規定の適用があり、右控訴会社は、本件建物の買取請求権を本件土地の競落人たる被控訴人らに対して行使することができるものというべきである。

(二)  控訴人富久栄興業株式会社が被控訴人らに対して本件建物の買取請求権を行使した昭和四七年一二月二一日当時における同建物の価格は、金三、六九五万九、〇〇〇円である。したがって、同控訴会社は、買取請求権の行使により、被控訴人らに対し買取代金三、六九五万九、〇〇〇円の請求権を有することとなった。

ところで、本件建物のうち同控訴会社が現に占有している部分は、自己使用(直接占有)に係る別紙別表の同控訴会社名下に記載された部分(別紙図面表示の一階赤線で囲まれた通路一五一・六一平方メートル及び二階赤線で囲まれた店舗二四四・三二平方メートル)と控訴人江口正市に賃貸(間接占有)している部分(一階店舗番号一二号の店舗九・九一平方メートル)にすぎない。

それ故、控訴人富久栄興業株式会社は、買取代金三、六九五万九、〇〇〇円に右直接占有に係る建物部分の面積(合計三九五・九三平方メートル)が本件建物全体の面積(九七八・〇六平方メートル)に対して占める割合いを乗じて得た金一、四九六万一、四三〇円の支払いを受けるまで、被控訴人らに対して同建物部分の引渡しを拒否し、また、右間接占有に係る建物部分の面積(九・九一平方メートル)が本件建物全体の面積(九七八・〇六平方メートル)に対して占める割合いを乗じて得た金三七万四、四八〇円の支払いを受けるまで、被控訴人らに対し、右建物部分につき控訴人江口正市に対する指図による占有移転を拒否し、控訴人江口正市もまた、そのときまで同建物部分から退去してその敷地である前記別表の同控訴人名下に記載された土地部分の明渡しを拒否する。

(三)  被控訴人らの控訴人富久栄興業株式会社に対する賃料相当損害金の請求につき、同控訴会社は、被控訴人らが登記簿上も本件土地の所有者となった昭和四六年一〇月二三日から前記短期賃貸借の期間満了の日である昭和四七年六月一九日までの賃料(損害金ではない。)については、被控訴人らのために弁済の供託をしているので、その支払義務はなく、また、建物買取請求権行使の日の翌日である同年一二月二二日以降は、買取請求権の行使により、建物の所有権が同日限り被控訴人らに移転し、同控訴会社の本件建物の占有が前記部分に限られ、これに伴い、同控訴会社の占有する本件土地も、その敷地部分にすぎず、しかも、この敷地部分の占有は、同時履行の抗弁によって右建物部分の引渡しを拒否する当然の結果にほかならないのであるから、同控訴会社が被控訴人らより建物買取代金の支払いを受けるまで敷地部分の占有を継続するからといって、賃料相当の損害金を支払うべきいわれはない。

被控訴人ら主張の抗弁は、いずれも、これを否認する。

(被控訴人らの陳述)

(一)  およそ、民法三九五条の短期賃貸借にあっては、それが例外的に認められた抵当不動産の短期間内の利用制度であるところから、その土地の上に建築されるべき建物も、普通の賃貸借の場合に比らべて、規模、構造ともにはるかに簡易なものに限られるのであるから、買取請求権に関する借地法四条二項の規定の適用はあり得ない。

(二)  また、仮りに民法三九五条の短期賃貸借にも借地法四条二項の規定の適用があるとしても、控訴人ら主張の短期賃貸借は、もともと民法三九五条の予定していないような堅固な建物である本件建物について、その敷地たる本件土地の抵当権者ないし競落人に対する対抗力を得させることによりこれらの者に損害を与えることのみを目的としてなされたものであるから、法律上当然に無効であるか、権利の濫用であり、いずれにしても、借地法四条二項の規定の適用は受け得ない。

(三)  控訴人ら主張の弁済の抗弁は、否認する。

(証拠関係)《省略》

理由

被控訴人らが共同で本件土地を競落し、昭和四六年一〇月二二日所有権移転登記を経由したこと控訴人富久栄興業株式会社がその上に本件建物を所有して本件土地を占有し、その余の控訴人らも、それぞれ、別紙別表の各控訴人名下に記載のとおり、本件建物部分を占有することによって本件土地部分を占有していることは、当事者間に争いがない。また、控訴人富久栄興業株式会社は本件土地について建物所有を目的とする賃借権を有し、控訴人江口正市も右控訴会社から本件建物のうち一階店舗番号一二号の店舗九・九一平方メートルを賃借していたが、右控訴会社の該借地権が昭和四七年六月一九日期間満了によって消滅したこと並びに右控訴人ら両名を除くその余の控訴人らが、いずれも、本件土地の占有につき被控訴人らに対抗し得べき正当な権限を有していないことは、控訴人らの認めて争わないところである。したがって、右の事実関係のもとにおいては、控訴人富久栄興業株式会社は、被控訴人らに対し本件建物を収去して本件土地を明け渡し、その余の控訴人らは、被控訴人らに対しそれぞれ前記別表の各控訴人名下に記載された本件建物部分より退去して本件土地部分を明け渡すべき義務を負うものといわなければならない。

そこで、控訴人らの抗弁について判断する。

本件土地は、もと、訴外野村隆秋の所有であり、同訴外人において、勧業信用組合に対する債務を担保するためこれに根抵当権を設定し、昭和四三年四月二五日その旨の登記を経由したことは、当事者間に争いがなく、また、その後、本件土地が訴外毛塚誠治、続いて、控訴人秋元清八、控訴人粟谷初子の両名へと順次譲渡され、右控訴人らが同年一一月八日中間省略の方法により所有権移転登記を経由し、その上に同年一二月一四日本件建物を建築し、同月二〇日保存登記を経由したこと、控訴人富久栄興業株式会社が右控訴人らから昭和四四年二月一九日本件建物を買い受け、その旨の登記を経由するとともに、本件土地を期間三年、賃料月金四、一二〇円の約束で賃借し、前叙のごとく本件土地賃借権を有していたことは、《証拠省略》に徴して明らかであり、右認定の妨げとなる資料はない。また、《証拠省略》によれば、控訴人江口正市は、昭和四四年九月九日妻敏子名義で控訴人富久栄興業株式会社から本件建物のうち一階店舗番号一二号の店舗九・九一平方メートル(前記別表の控訴人江口正市名下に記載された部分)を賃借したことが認められ、右認定に抵触する証拠はない。

しかして、右認定に係る事実関係のもとにおいては、本件建物について所有権移転登記が経由されたのは、抵当権の設定登記後であるけれども、控訴人富久栄興業株式会社は、民法三九五条の規定に基づき、本件土地の賃借権をもって同土地の競落人たる被控訴人らに対抗することができ、また、控訴人江口正市も、被控訴人らに対して右の賃借権を援用することが許されるものというべきである。

ところで、右控訴会社の本件土地賃借権は、前叙のごとく昭和四七年六月一九日期間満了によって消滅し、現に同控訴会社が同年一二月二一日の本件口頭弁論期日において被控訴人らに対し、借地法四条二項の規定に基づき、本件建物を買い取るべく請求したことは、当事者間に争いがないので、以下、右買取請求の適否について検討することとする。

おもうに、借地法四条は、まず、借地権者の更新の請求について規定し(一項)、次に、「契約ノ更新ナキ場合ニ於テハ……建物其ノ他借地権者カ権原ニ因リテ土地ニ附属セシメタル物ヲ買取ルヘキコトヲ請求スルコトヲ得」と規定している(二項)ので、その文言解釈からすれば、二項の建物等の買取請求権は、一項の借地権更新請求権(同法六条所定の法定更新権も含む。)の存在を前提としているものということができる。しかし、そもそも、借地法四条二項が右のごとく借地権者に建物等の買取請求権を認めた趣旨は、借地権が消滅した場合、地主に建物等を買い取らせることによって、借地権者の投下資本の回収を容易ならしめるとともに、建物それ自体の社会経済的効用を全うせしめんとすることにあり、かかる法の理念は、必ずしも、借地権者が更新請求権(法定更新の保護をも含む。)を有する場合にのみ妥当するものではない。けだし、更新請求権と買取請求権は、ともに建物の存続をはかることを究極の目的とするものであるとはいえ、前者は借地関係を継続せしめることによってその目的を達成せんとするのに対し、後者は地主に建物等を買い取らせることによってその目的を達成せんとするものであるから、常にその軌を一にすべきいわれはなく、更新請求権が認められないとしても、前記買取請求権を認めた法の趣旨からみて、買取請求権だけはそれを肯定するのを相当とする特殊の場合もあり得るからであり、借地法四条二項所定の「契約ノ更新ナキ場合」には、右のごとき初めから契約更新の保護を受け得ない特殊の場合も含まれるものと解するのが相当である。また、民法三九五条の規定する短期賃貸借は、一時使用の賃貸借のごとく臨時施設等の一時使用のために設定されるものではなく、抵当不動産につき、抵当権者に損害を及ぼさない限度においてその利用を円滑ならしめるために認められた制度であるから、それが建物の所有を目的とする土地の賃貸借である場合は、普通の賃貸借に比らべて、建物そのものの性質に格別の径庭があろうはずはなく、前記買取請求権を認めた法の趣旨は、この短期賃貸借についてもそのまま妥当すること明らかである。したがって、民法三九五条の短期賃貸借についても、それに更新請求権が認められるかどうかを論究するまでもなく買取請求権に関する借地法四条二項の規定の適用はあるものと解するのが相当である。

なお、この点につき、原判決は、右のごとく解するとすれば、民法三九五条本文の短期賃貸借の存在が抵当不動産の交換価値を減少させることは必至であり、抵当権者は、常に、同条但書の規定に基づき、その解除を裁判所に請求することができるという結論に達するほかなく、かくては、同条本文と但書の規定とが相矛盾するに至ることに鑑みても、右のごとき見解はとるべきでないという。しかし、もともと、民法三九五条の規定する短期賃貸借保護の制度は、実際上、競売価格を低下せしめ、抵当権者にとってはかなりの打撃となるものではあるが、賃貸借の対価その他の条件にして合理的である以上、価値権と利用権との調和のために――契約解除の余地を残しながらも――抵当権者にその程度の損失は受忍させるという思想のもとに設けられたものであり、また、借地法四条二項の規定する買取請求権の制度も、建物等を買い取るべき地主に対しては相当の犠牲を強いることも明らかであるが、前段説示のごとき立法趣旨から、地主にその損失を負担させることとしたのである。したがって、民法三九五条所定の借地権者がその土地の競落人に対して買取請求権を行使したこと自体によって抵当権者が損失を被ることがあるからといって、直ちに、抵当権者が解除の請求をなし得るわけのものではない。また、本件に現われた全証拠をもってしても、本件土地賃借権の条件が抵当権実行の際における価値権を不当に侵害して当該賃貸借契約を解除し得るに足るような非合理的なものであることを肯認せしめるに足りない。それ故、原判決の右の見解には到底賛同することができない。

また、被控訴人らのこの点に関する抗弁は、いずれも、控訴人ら主張の短期賃貸借契約が専ら被控訴人らに損害を与えることを目的としてなされたものであることを前提とするものであるが、本件に現われた全証拠をもってしても、かかる事実を肯認せしめるに足りないので、前提そのものにおいて失当たるを免かれない。

右の説示によって明らかなごとく、控訴人富久栄興業株式会社は、被控訴人らに対して本件建物の買取請求権を有しており、その請求権を行使したことにより、本件土地につき、昭和四七年一二月二一日右控訴会社と被控訴人らとの間に同日現在の時価をもって代金額とする売買契約が成立したのと同一の効果が生じたものというべく、鑑定人鐘ヶ江晴夫鑑定の結果によれば、右の時価は、その空家価格金三、八一〇万九、〇〇〇円から借家価格金一一五万円を控除した金三、六九五万九、〇〇〇円であると認めるのが相当である。然らば、右買取請求権行使の結果として、被控訴人らは、本件建物の所有権を取得し、控訴人富久栄興業株式会社に対して買取代金三、六九五万九、〇〇〇円を支払うべき債務を負担し、一方、右控訴会社の本件建物の収去義務は消滅し、爾後、同控訴会社は、被控訴人らに対して建物引渡し義務を負担することとなった。

ところで、右買取請求権行使以後における控訴人富久栄興業株式会社の本件建物占有部分は、自ら使用(直接占有)している前記別表の同控訴会社名下に記載された部分(別紙図面表示の一階赤線で囲まれた通路一五一・六一平方メートル及び二階赤線で囲まれた店舗二四四・三二平方メートル)と控訴人江口正市に賃貸(間接占有)している右別表の同控訴人名下に記載された部分(一階店舗番号一二号の店舗九・九一平方メートル)であること、被控訴人らの明らかに争わないところであり、なお、同控訴会社が、直接的にしろ間接的にしろ、本件建物のその余の部分を占有していることについては、これを認めるに足る証拠がない。そして、本件のごとく、建物の所有者自らはその建物の一部を占有するにすぎず、その他の部分は同人と関係のない第三者によって占有されている建物につき買取請求権が行使された場合において、建物所有者の占有する建物部分の引渡しと同時履行の関係に立つ買取代金支払債務の額は、買取代金額に当該建物部分の面積が建物全体の面積に対して占める割合いを乗じて得た金額に限られるものというべきである。

それ故、控訴人富久栄興業株式会社は、前記買取代金三、六九五万九、〇〇〇円に同控訴会社の直接占有に係る前記建物部分の面積(合計三九五・九三平方メートル)が本件建物全体の面積(九七八・〇六平方メートル)に対して占める割合いを乗じて得た金一、四九六万一、四三〇円の支払いを受けるまで、被控訴人らに対して、右建物部分の引渡しを拒み得べく、それに伴う当然の結果として、その敷地である本件土地のうち前記別表の同控訴会社名下に記載された部分の明渡しも拒むことができるものといわなければならない。

また、被控訴人らの控訴人富久栄興業株式会社に対する建物収去の請求には、前叙のごとく、同控訴会社が建物買取請求権を行使し、その建物に賃借人がいる場合には、当該建物部分につき賃借人に対する指図による占有移転(引渡し)を求める趣旨も包含されるものと解すべきである(最高裁判所昭和三六年二月二八日第三小法廷判決、民集一五巻二号三二四頁参照)。そして、ここにいう指図による占有移転とは、具体的には、建物所有者が建物賃借人に対して有している建物返還請求権を土地賃貸人に譲渡する旨の意思表示をするとともに、建物所有者から建物賃借人に対して爾後土地賃貸人のために該建物を占有すべき旨を通知することを意味するものである。したがって、控訴人富久栄興業株式会社は、買取代金三、六九五万九、〇〇〇円に同控訴会社の間接占有に係る前記建物部分の面積(九・九一平方メートル)が本件建物全体の面積(九七八・〇六平方メートル)に対して占める割合いを乗じて得た金三七万四、四八〇円の支払いを受けるまで、被控訴人らに対して、同控訴会社が控訴人江口正市に対して有する前記建物部分の返還請求権の譲渡と控訴人江口正市に対する占有改定の通知を拒否し、控訴人江口正市もまたそのときまで右建物部分から退去してその敷地である前記別表の同控訴人名下に記載された土地部分の明渡しを拒否することができるものといわなければならない。

次に、被控訴人らの控訴人富久栄興業株式会社に対する損害金請求の点について判断する。

前段認定の事実関係のもとにおいては、控訴人富久栄興業株式会社は、本件土地の賃借権が消滅した昭和四七年六月一九日までは、該賃借権をもって被控訴人らに対抗することができたのであるから、被控訴人らに対して月金四、一二〇円の割合いによる賃料を支払うべき義務があり、また、右翌日から買取請求権の行使された昭和四七年一二月二一日までは、土地使用の正当な権原がなかったのであるから、特段の事情の認められない本件にあっては、被控訴人らに対して右賃料相当の損害金を賠償すべき義務があるところ、《証拠省略》によれば、同控訴会社は、昭和四八年九月二八日延滞賃料として金四万六、七五二円を被控訴人らのために供託したことが認められるので、その限度において右債務を免かれたが、不足額金一万九二八円の損害金はこれを支払わなければならない。

さらに、右買取請求権行使以降は、控訴人富久栄興業株式会社の本件土地の占有部分は、前段認定のごとく、同控訴会社が直接、間接に占有する前記建物部分の敷地にすぎず、しかも、その占有は、同時履行の抗弁によって右建物部分の引渡しを拒否する当然の結果にほかならないのであるから、違法性が阻却されて不法行為を構成しないものと解するのが相当である。したがって、右控訴会社が被控訴人らから建物買取代金の支払いを受けるまで敷地部分の占有を継続するからといって賃料相当の損害を賠償すべきいわれはないものというべきである。しかし、右のごとく、同時履行の抗弁によって地上建物の引渡しを拒みこれが占有を継続する場合においても、敷地そのものを使用する正当な権原を有しないことは、建物買取請求権行使の前後を通じて変わりがないのであるから、特段の事情の認められない本件にあっては、前記建物の占有に伴い本件土地部分を使用する関係は、不当利得を成立させるものというべきである(大審院昭和一四年八月二四日判決、民集一八巻一三号八七七頁、最高裁判所昭和三五年九月二〇日第三小法廷判決、民集一四巻一一号二二七頁参照)。そして、弁論の全趣旨に徴すれば、被控訴人らの損害金の請求にはこの利得返還の請求も含まれているものと解するのが相当である。したがって、控訴人富久栄興業株式会社は、被控訴人らに対し、昭和四七年一二月二二日から前記各建物占有部分の引渡し済みに至るまで月金一、七一〇円(前記賃料四、一二〇円に同控訴会社が直接、間接に占有する前記建物部分の比率である〇・四一四九を乗じて得た金額)の割合いによる金員を支払うべきである。

よって、被控訴人らの控訴人富久栄興業株式会社及び控訴人江口正市に対する本訴請求は、前叙の限度においてのみ理由があるので、その限度において認容し、その余は棄却すべく、これと異なる原判決は、右のとおり変更することとし、また、その余の控訴人らの控訴は、いずれも、その理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 古川純一 柳澤千昭)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例